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東京高等裁判所 昭和55年(ラ)972号 決定 1980年10月14日

抗告人

康賛奉

右代理人

山田謙治

相手方

株式会社小山工営

右代表者

小山賢一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及びその理由は、別紙のとおりである。

1  抗告の理由第一について

本件記録によると、債権者株式会社太陽神戸銀行は、債務者株式会社福田屋に対する債務の弁済を受けるため、有限会社泉製版(以下「泉製版」という。)所有の本件不動産引渡命令別紙目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に対する抵当権の実行として競売の申立をし、原裁判所が昭和五一年五月二七日これが競売手続開始決定をし、同日本件不動産につき任意競売申立の登記がなされたこと、相手方が、競売期日において本件不動産を競落し、昭和五四年四月二四日競落許可決定の言渡を受け、昭和五五年一月二八日競落代金を支払つたこと、抗告人が、昭和五一年五月二八日以降、泉製版から本件不動産を賃借・占有していること、原裁判所が、相手方の申立により、昭和五五年六月二四日に抗告人を審尋したうえ、同年七月二一日、本件不動産に対する抗告人の占有を解いて競落人たる相手方に現実に引渡すべき旨の本件不動産引渡命令を発したこと、が認められる。

ところで、競売法による不動産競売手続において、競落代金を完納した競落人は、同法三二条二項によつて準用される民訴法六八七条三項により、直接自己に対し競落不動産の引渡を求めることができるのであるが、この場合に、引渡命令を発する相手方としては、競売開始決定当時の抵当不動産の所有権者及びその一般承継人のほか、競売開始決定による差押の効力発生後に、これらの者から競売不動産の占有を特定承継した第三者も含まれるものと解するのが相当である。けだし、このような第三者は、その占有権限を競落人に対抗することができず、競落人に対して引渡義務を負うものであることが、競売裁判所における競売記録を中心として簡易迅速な調査によつて、比較的容易に判断することができるのであるから、かかる第三者に対して引渡命令を発しても、その第三者の権利を不当に害することがなく、したがつて、法が競売の機能と信用を維持し、競売の目的を全うさせんがため、簡易迅速な特別の手続として引渡命令の制度を設けた法意に合致するものと考えられるからである。

前示認定した事実によれば、抗告人が本件不動産の占有を承継取得したのは、本件不動産に対する競売申立登記後であつて、差押の効力発生後であることは明らかであるから、原裁判所が抗告人に対し本件不動産に対する引渡命令を発したのは相当である。所論は、前示認定にそわない事実を前提として、独自の見解を主張するものであるから、到底これを採用することができず、また、その挙示する裁判例も本件には適切でないから、容れ難い。

2  抗告の理由第二について

競落不動産引渡命令の制度は、競売裁判所が競売手続の附随的手続として競落人に簡易迅速に競落不動産の占有を取得させるために設けられていることにかんがみれば、引渡命令の申立ては、右附随的手続たる性格にもとらない競落代金完納後相当の期間内に申し立てることを要するものと解するのが相当である。

本件記録によれば、競落人たる相手方が競落代金全額を支払つたのは昭和五五年一月二八日であり、本件不動産引渡命令の申立てをしたのは同年六月一二日であつて、その間約五か月を経過したことは明らかである。

しかし、競売代金完納後もなお、配当の実施の手続が競売裁判所によつて行われること等を考えると、競落代金完納後約五か月を経過してなされた申立てをもつて直ちに競売の附随的手続たる性格にもとるほど遅滞してなされたものであると断ずることはできない。そうすると、右引渡命令の申立ては違法ということはできず、その挙示する裁判例は本件と事案を異にし、本件に適切ではない。

3  抗告の理由第三について

前記認定した事実によれば、抗告人が泉製版から本件不動産を賃借したのは競売申立登記後であるから、抗告人は、その賃借権をもつて競落人に対抗することができず、したがつて、たとえ所論のような保証金の預託があつたとしても、競落人に対し、その返還を請求することができないのはもとより、右保証金の返還あるまで本件不動産につき留置権を行使したり、あるいは同時履行を主張することは許されない。

抗告人の主張は、独自の見解に立つもので採用することができないし、また、その挙示する裁判例は事案を異にし、本件に適切でない。

4  抗告の理由第四について

本件記録を精査しても、所論のごとき権利の濫用又は法人格否認を肯定すべき事実関係を認めるに足りないから、この点の違法をいう抗告人の主張は到底採用することができない。

以上のとおり本件不動産引渡命令に所論のような違法はなく、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(杉山克彦 井田友吉 高山晨)

<参考・抗告の理由>

第一、被申立人は本引渡命令の相手方たり得ない。

一、民訴法六八七条に規定されている不動産引渡命令の相手方は、競落物件の旧所有者およびその一般承継人に限られると考えるべきであり、本件のような特定承継人は含まれない。

これは、特定承継人の占有取得時期が競売申立記入登記の前後によつて左右されないと考えられる。

二、引渡命令は競売手続に附随する執行処分として簡易迅速に物件の競落人への引渡を実現しようとする建前であるから、競売裁判所が容易に判断することができ、かつその判断を誤りなくすることができるという制約が当然伴い、かかる制約のもとでは引渡命令の相手方を旧所有者およびその一般承継人に限定するのが相当であること。民訴法六八七条は、私法上の権利の実現は確定判決に基づくべきものとする原則に対する例外であるから、これを拡張解釈すべきでないからである。(昭和三二年二月七日。東京高裁決定下民集八巻二号二三一頁・他)

三、現に、本件については、後記のように種々の問題点が存しているのであり、これを総て競売裁判所が判断し、債務名義をなくして執行処分としての引渡命令により執行しうるとするのは妥当でない。

四、又、仮に競売申立記入登記の時期によつて左右されるとしても被申立人と有限会社との間の本件賃貸借契約が締結された時期は右登記の以前であつた。

1 被申立人は昭和五一年一月頃より不動産業者天田万作を介して本件賃貸借契約に関してその契約内容等を検討していたが、昭和五一年五月一日、東京新橋の月城秀治郎の事務所において、契約条件についてほぼ合意が得られ、本件賃貸借契約を締結することとして、被申立人は月城秀治郎に対し店舗賃貸料の内金として金二、〇〇〇万円の支払を了した(疎乙第一号証)。

なお、右の際すでに本件賃貸借契約書用紙(疎甲第二号証)は作成されていたが、被申立人はその場で見せられたものなので、一応署名押印はしたものの、弁護士にも相談したいということで、後日正式に締結することとした。

2 昭和五一年五月一〇日頃、被申立人、被申立代理人弁護士岩石安弘、月城秀治郎、月城代理人弁護士下平征司、天田万作とが東京都内のホテルレストランにて本件賃貸借契約について話し合い、前記契約書のとおりでよい、ということで確認した。

3 昭和五一年五月二五日、被申立人と(有)泉製版は正式に本件賃貸借を締結し、残金一、五〇〇万円の支払も了した(疎乙第二号証)。

なお、右契約は当初五月二八日に締結予定となつていたため、契約書にも予め「五月二八日」の記入があつたが、契約日が五月二五日となり、契約書の作成も五月二五日であつたが特に訂正をしなかつたため契約書上は五月二五日のままになつていたが、あくまでも締結日は五月二五日である。

右契約締結及び代金の授受は、被申立人の経営する高崎市内の店舗において、被申立人、被申立人代理人岩石安弘弁護士、月城秀治郎、月城代理人下平征司、天田万作が立ち合い行つたものである。

4 以上のとおり、本件賃貸借契約は五月二五日に行われたものであり、競売申立登記の以前に行われたものであることは明らかである。

第二、本件申立は遅滞なき申立に該たらず、却下さるべきである。

一、引渡命令は代金の支払を了した競落人に簡易かつ迅速に競落物件の引渡を得させるために認められた執行処分であるから、競落人は、代金支払後遅滞なく引渡命令の申立をなすべきである。代金支払後相当の期間経過後になされた引渡命令申立は却下される。(昭和三七年三月七日、名古屋高裁決定高民集一五巻二号一三一頁)

二、本件について、申立人は昭和五四年四月二四日に競落したにもかかわらず、全額の支払を故意に遅らせ、支払を了したのが昭和五五年一月になつてからである。

にもかかわらず、すぐに本件手続に及ぶことなく、いたずらに期日を徒過し、昭和五五年六月一二日に至つてようやく本申立に及んだ次第である。

本甲立をするについて何の障害もないのに期日を遅滞している以上、簡易迅速な執行処分としての本申立は認められず、却下さるべきである。

第三、同時履行の抗弁権及び留置権

一、被申立人は(有)泉製版より、本件土地及び前橋市下新田町字中沖二八八番一所在家屋番号二八八番一、鉄筋コンクリート造陸屋根四階建店舗のうち、一階部分一二四坪を賃借し、その保証金として金三、五〇〇万円を預託した。

二、右保証金は、競売記録(御庁昭和五一年(ケ)第三三号)にも報告されており、仮に被申立人の賃借権をもつて競落人に対抗しえない場合にも、被申立人は競落人に保証金の返還を請求しうるものである。

三、又、右保証金の返還と目的物の引渡とは同時履行の関係にたち、又、被申立人は目的物の上に留置権を有することになる。

そして、被申立人が右同時履行の抗弁権ならびに留置権の主張をした場合は、引渡命令の申立は棄却される。(昭和三〇年一一月五日、福岡高裁決定、高民集八巻八号五七九頁)。

第四、権利濫用及び法人格の否認について

一、(有)泉製版、(株)小山工営は会社としての実体を全く有せず、又月城秀治郎が個人の責任追及等を免れるために法人格を利用しただけのものである。従つて、法人格の利用が濫用にわたり、かつ、法人格自体形骸化されたものであり、右両会社の法人格は否認されるべきであり、いずれも月城秀治郎個人と同視すべきである。

二、本件不動産等は、もと株式会社福田屋の所有であつたが月城秀治郎は福田屋が昭和五〇年倒産したことに目をつけ、昭和五〇年五月二七日有限会社泉製版を設立し(会社としての実体は一切なかつた)、同人の妻手塚トミを代表取締役として登記した上で、自らは会長と称して福田屋の乗つ取り、不正の利を図ろうとした。

その結果、月城秀治郎は(有)泉製版名義にて、昭和五〇年七月一〇日、(株)福田屋及び同社代表取締役福田行夫等が所有していた一切の財産、営業権等を金二、二〇〇万円にて買い受けた。

三、その後月城秀治郎は、本件不動産を他に転売あるいは賃貸をして売却代金あるいは賃貸保証金名下に利益を図ろうとしていたが、天田万作を介し昭和五一年一月頃より被申立人が保証金三、五〇〇万円、月額賃料七〇万円にて、借り受ける話が持ち上がつたのである。

右賃貸に関し、月城は本物件に多大の抵当権等が設定されていること、仮差押登記がなされていること、競売申立手続が開始されそうなことをひたすらかくしており、又被申立人を信用させるべき種々の手をとつていた。

四、ところが、本件不動産について競売手続が開始されるや月城秀治郎は昭和五三年一〇月一四日(株)小山工営を設立し、身内の者を役員とし、本件不動産を競落した。しかし、右(株)小山工営も実体は月城個人と全く同一である。

五、以上の外、反論書第四、記載の事実を総合すれば、申立人の本件引渡命令申請は権利の濫用に該り、とうてい許されない。

第五、審尋

一、ところで原裁判所は、昭和五五年六月二四日被申立人を審尋した。

二、ところが、申立人の主張を採用し、本不動産引渡命令を為したので、本即時抗告に及ぶ次第である。

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